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スタッフコラム

スタッフコラム(最新10件)

裁判員裁判の傍聴経験者によるディスカッションを行いました。

2010年3月6日

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2月は裁判員ネットのメンバーで、いくつかの裁判員裁判の傍聴をしてきました。そこで3月4日、傍聴した経験をふまえ、裁判員裁判についてディスカッションを行いました。おもなテーマは、「傍聴に行って気づいたことは何か」と「自分が裁判員だったとしたら報道はその判断に影響を与えるか」といった観点からのディスカッションを行いました。

それぞれの問いに対し様々な意見が上がり、裁判員裁判の実態や問題点を考え直すきかっけになりました。特に、「裁判員裁判が、こんなに毎日やっているとは思わなかった。本当に、一般市民が選ばれていたんだなって思った。」という意見もあり、裁判員裁判がまだまだ市民にとって馴染みのあるものではないのかもしれないという気がしました。

今回のディスカッションで活発に意見が交わされたのは、「裁判員裁判」と「報道」に関連し、有名人(芸能人など)が被告人であるような裁判についてあがった意見です。もし、自分が裁判員としてそういった被告人を裁かなければならなくなったら、果たして公平な判断ができるでしょうか。刑事裁判は、被告人の無罪が推定され、「疑わしきは被告人の利益に」という原則がうたわれています。しかし、連日のようにメディアで取り上げられることで、一般市民はその人物が「犯人だ」という意識が自然と働いてしまう可能性が充分考えられます。裁判員ネットのメンバーの間でも、「今まで傍聴などをしてきたから、そういった事件に関しても、意識的に公平な判断ができると思う」といった冷静な意見が出た一方で、「やはり、メディアの報道に影響されて、‘有罪推定’の下、裁いてしまうのではないか」といった声も目立ちました。

私自身も、意識的に「無罪を推定しなければ」と思ったとしても、大多数の人の意見に流されて結局「犯人扱い」してしまうかもしれません。世間的に「悪者」だとされている人の味方についたり、少しでも肩をもったりすることは、大多数の人を「敵に回してしまう」行為であり、本当に勇気のいることです。例えば、これまでも死刑判決を受けた被告人の弁護を努めた弁護士が、時として世間からは「極悪弁護人」などと呼ばれてしまうことがあったことから考えても、容易に想像ができるのではないでしょうか。メディアの報道で「犯人だ」という認識が巷で騒がれれば騒がれるほど、無罪を推定した状態で裁判に臨むことはそれなりの勇気が必要です。なぜなら、それは「悪者」の肩をもつような行為だとされてしまう可能性があるからです。

メディアの報道は、私たち市民が知るべき様々な情報を伝達してくれる点で大変有用なものです。裁判員裁判も、メディアの報道なしには市民に浸透することはないでしょう。一方で、メディアの報道が裁判に先行し裁判員の判断に影響を及ぼしてしまう危険も指摘できます。先日、裁判員ネットのスタッフが鳥取地裁へ傍聴に行きました。この裁判では「検察は死刑を求刑する可能性がある」ということで注目されました。しかしそれがいつのまにか、裁判が始まる前から「死刑求刑ありき」と「前提」になってしまっていた部分があるのではと感じています。この裁判の場合、結局検察は「無期懲役」が相当として、死刑を求刑しませんでした。しかしこのような報道が「予断」や「思い込み」「偏見」につながりはしないかということは、検討するべき課題だと思うのです。

今後、裁判員裁判に関するメディアの報道はどうあるべきなのか。また私たちは報道を見るにあたって、どのように心がけなくてはいけないのか・・・。それらを深く考えてみる必要があるのではないでしょうか。
(学生スタッフ・吹野加奈)

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布川事件を通して冤罪を考える-報告集会レポート

2010年2月19日

最近メディアでも多数登場していて冤罪という結論になりつつある足利事件。世間は冤罪という言葉に敏感になり始めた今日この頃。

昨年12月に特別抗告が棄却され再審がこれから始まり新たな冤罪事件として注目されつつある「布川事件」の最高裁決定報告集会が、2月13日(土)日本弁護士連合会が主催で東京弁護士会館で開かれた。

しかし「新たな」という言葉は再審の「元」請求人である杉山さんと桜井さんにとっては失礼なことなのかもしれない。事件そのものが起こったのは1967年のことであり、足利事件よりも古く、今から40年以上前の出来事である。1967年に別件逮捕されてから1996年に仮出所するまで、約29年間も刑務所で暮らしていたことになる。それも当時杉山さん21歳、桜井さん20歳と青春真っ盛りのときに刑務所暮らしを強いられたのである。

事件の概要は次のとおりである。1967年8月30日、茨城県利根町で一人暮らしの老人が殺害されているのが発見された。捜査機関は殺害推定時刻付近に二人の男が被害者宅の近くで二人の男を目撃したという証言は得られていたものの、犯人をしぼれずにいたが、結果的に杉山さんと桜井さんが犯人としてあげられたのである。

そして別件で逮捕され、警察の取り調べで自白し(または自白させられ)、その自白が「決定的な証拠」として1978年最高裁で両被告人(上告人)の請求が棄却され、無期懲役が確定した。だが、無罪を訴え続けた杉山さんと桜井さんは1983年に水戸地裁に再審請求を申し立てた。しかしながら1987年にその申し立てが棄却され、その後即時抗告、特別抗告を申し立てるものの1992年最高裁でも請求が棄却された。

それでも身に覚えのない罪を被らされていた杉山さんと桜井さんは、2001年に再度再審請求を申し立て、2005年水戸地裁で再審が決定され、検察官に抗告されるものの、2009年に特別抗告が最高裁で棄却された。ようやくこれから再審が始まるのである。

ちなみに、「元」請求人という言い方は集会時に自分の中で非常にインパクトに残った言葉である。その言葉の中に再審が認められたという喜びと無罪を訴え続けならざるを得なかった立場に立たされていた、杉山さんと桜井さんの悲しみが感じられた。「再審請求が認められたのは‘当たり前だ’。なぜなら私たちは何もやっていないから。」と「元」請求人たちは発言していた。

集会では基本的には年齢層が高めではあったが、自分と同じ学生や大学の教授、はては親子連れのかたも少数派ではあったが参加していた。多くの方はそれぞれに面識があり、集会が始まる直前まで活発に挨拶をしていた。席は200席以上あったが半分以上埋まっているように見えこの事件の関心の高さが感じられた。

集会の中では日弁連の副会長のあいさつから始まり、杉山さんと桜井さんのあいさつがあった。その後、事件の報告が布川事件の弁護団と研究者として國學院大学法学部教授の中川孝博教授により行われた。また、その報告に対する質疑応答が行われた後、足利事件、名張事件、袴田事件、日野町事件と冤罪事件として知られているの弁護団の意見・報告が行われた。集会はこのような流れであった。

集会自体は終始穏便に進んでいた。ときには研究者同士の激しい議論もあったが、誰一人として杉山さんと桜井さんの無罪を疑う人がいるようには思えなかった。そのような中で二つ印象に残ったことがある。一つは上記の「当たり前」という言葉。もう一つは中川教授が述べていた「再審におる得る利益と失われる利益」という話である。

まず、「当たり前」という言葉であるが、非常に重みを感じた。「当たり前」と世間の誰もが認めるのに、40年もかかってしまったのである。今まで生きてきた人生の3分の2を、身におぼえない罪、犯罪者というレッテルを貼られ続けられなければならなかった悲しみは想像を絶するものであろう。事件発覚当時の杉山さんと桜井さんの年齢と私の年齢がほぼ同じということから、感情移入せざるを得なかった。もし自分がこれから40年以上無罪を訴え続ければならないとなったら、その苦痛は計り知れない。仮に検察官や警察官に謝ってもらおうが、国から莫大な補償が出ようが「時間」は戻ってこないのである。しかしそれが「冤罪」なのである。

そして中川教授の話のなかでは、「再審における得る利益と失われる利益」という話に非常に関心を持った。「得る利益」とは証拠に関するもの。「失われる利益」とはその公判で費やされる時間ということである。「検察官は再度原判決での証拠調べ請求をしてくるかもしれない。調べる必要のないものまでもである。しかし、そんな無駄なことはする必要はない。40年以上もかかっているのだから一刻も早く無罪判決を出すべきであり、公判の迅速な手続の妨げるようなこてはやめるべきである」のようなことをはっきりと主張していた。まさにその通りである。杉山さんと桜井さんの気持ちに沿った発言であった。

冤罪事件ということ自体、あってはならないものである。罪のない者が裁かれてはならないという過去の反省があって、現在の司法制度があるはずである。「間違い」では許されない。人の一生がかかっているである。その冤罪が無くなるために、裁判員制度にも何らかの効果を期待したいものである。

ところで、私の大学の先生がこんなことを言っていたのを思い出した。「検察官は冤罪を認めようとしない。なぜなら大先輩たちのミスを認めることになるからだ。」と。もし仮にそのようなことが事実だとするならば、人は自分の過ちをなかなか認められない部分もある以上、そういうことは有り得る話だ。さらにそれが「先輩」のこととなると、なおのことである。だがその過ちを認めず、「人の人生を台無しにする恥」と、「恥と過ち」を認めて「人の人生を台無しことを回避すること」とはどちらのほうが大きな「恥」であろうか?その答えは言わずもがなであろう。

また、忘れてはならないことがある。冤罪事件というのは「事件」なのである。そこには「被害者」がいて、「加害者」がいるのである。布川事件も、誰か罪を犯した者がおり、その誰かによって殺害された被害者が存在するのである。このことは絶対に許してはならないことであり、解決しなければならないものである。冤罪を防ぐからといって捜査が必要以上に消極的になるということはあってはならない。しかし、かといって完全解決を掲げて「片っぱしから逮捕していく」ような積極的な捜査も許されてはならないのである。両者のバランスを保たなければならない。

冤罪は絶対にあってはならないものであり、同時に犯罪も絶対に許してはならないのだ。

 
(裁判員ネットインターン生・清水慶太)

参照:布川事件ホームページ
http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/index.htm

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新年、あけましておめでとうございます。

2010年1月3日

新年、あけましておめでとうございます。

昨年は多くのみなさまから応援を頂きながら活動を進めていくことができ、こうして新しい年を迎えることができました。本当にありがとうございます。

司法における戦後最大の変化である「裁判員制度」がスタートして半年が経過しましたが、この変化はまだまだこれからが本番と言えます。そして本年は今後の制度のあり方を左右する重要な一年になるとともに、その中で市民の声を集めることも、より重要な意義を持つことは間違いありません。

裁判員ネットでは本年も「裁判員制度市民モニター」をはじめ、様々な形で「裁判員になるかもしれない」市民の声を集め、地道に積み重ねて行きたいと思っております。

そして、皆さんと一緒に裁判員制度についての議論の場を作りつつと、あるべき姿を模索しながら、情報発信を行っていく所存です。

変わらぬご指導ご鞭撻を賜れれば幸いでございます。

本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

(裁判員ネットスタッフ一同)

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クリスマス:ある牧師さんの言葉から裁判員制度を考える

2009年12月24日

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12月25日はクリスマスの日。どのお店にも流れているクリスマスソング、きらきら輝くイルミネーション、サンタの格好をしたティッシュ配りのお姉さんなどなど、町はクリスマスを祝うムードが満載です。日本では、大多数の方はあまり意識されていないのかもしれませんが、クリスマスはキリスト教の祭日の一つであります。そこで今日は、クリスマスにちなんで、裁判員制度とキリスト教について書きたいと思います。とはいえ、「いったい、裁判員制度とキリスト教にどんな関係があるのか」と疑問に思われる方も多いでしょう。私もある教会の牧師さんにお話を伺うまでは、両者の関係などまったく考えも及びませんでした。

私が、自宅近くの教会の牧師さんと裁判員制度についてお話をしたのは、裁判員制度が施行される数カ月前のことでした。いつもは、穏やかな牧師さんですが、この時は険しい表情になり、こうおっしゃいました。

「私は、裁判員にはなりたくない。裁判員になったら、聖書の教えに背くことになってしまう。」

ここで牧師さんがおっしゃっていた聖書の教えとは、簡単に言えば、「人は互いに許し合いながら生きていくもので、人は人を裁いてはいけません」ということでした。牧師さんのこの発言を聞いて、「なるほど、このような思想や信仰上の理由から、裁判員に任命されると困るという考えもあるのか」とはっと気付かされました。

現在の裁判員制度では、裁判員に選ばれた際、裁判員法16条の「辞退事由」にあてはまらないと、辞退できないことになっています。それでは、この牧師さんの場合はどうでしょうか。ここで問題となるのは、牧師さんの信仰するキリスト教の思想上の理由が、辞退事由の裁判員法16条5項に定められた「やむを得ない事由」にあてはまると認められるかどうかです。安易に認めてしまうと、多くの人が信仰・思想上の理由から裁判員になることを拒否した場合、「国民の司法参加」という目的が達成できなくなります。一方、キリスト教の信者に限らず、あらゆる思想・良心上の理由から、「人を裁きたくない」という人に対し、これを認めなければ、憲法が人権として掲げる国民の思想・良心の自由を侵害してしまうとも考えられます。

あらゆる制度は、より良い社会を築くために存在しているはずです。したがって、より良い社会を築くはずが、かえって、私たちの自由や権利を奪う結果になることは、決してあってはなりません。同じことは、裁判員制度についても言えるでしょう。何の疑問も感じずにこの制度を受け入れ、気づいたら、私たちの自由や権利が奪われてしまった・・・。という前に、社会にとって本当に「良い」制度なのかどうかを、じっくりと考えてみる必要があるのかもしれません。
(学生スタッフ・吹野加奈)

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大東文化大学でお話しさせていただきました。

2009年12月18日

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裁判員ネットでは、裁判員制度について一緒に考え、議論していただく機会を積極的につくっております。

昨日(12月17日)は、大東文化大学法学部の瓜生洋一先生の授業にお招きいただき、私と裁判員ネット・学生スタッフの稲田くんとともにおじゃま致しました。
現在、瓜生先生の授業では、学生さんたちによる「裁判員制度」をテーマにした、様々な角度からの討議を活発に重ねております。

そこで今回、皆さんの議論の材料になればということで、瓜生先生のお計らいにより、裁判員裁判を傍聴した上での感想や、気がついた課題点などについて僭越ながらご報告する機会をいただきました。
そしてその後、学生のみなさんとの質疑応答や意見交換をする時間もいただきました。

まず最初に、裁判員裁判を傍聴した上で見つけた課題点などを私から報告いたしました。例えば、裁判の「わかりやすさ」をめぐる評価についてですが、裁判員裁判は従来の裁判に比べてわかりやすくなったと言われていますが、それに関して実際の法廷を見た上で次のような2つの側面を申し上げました。まず、プラス面としては、

・大型画面などを使ってビジュアル的にも「わかりやすく」説明されていた。
・専門用語を言った後、その言葉を説明するような、補足をする場面が何度もあった。
などといったこと。

一方、課題点としては、

・弁護側の方が検察側に比べてわかりにくい、正しく伝わらないことがあった。
・「市民にわかりやすく」を意識しすぎて、プレゼン合戦になってはいないかという懸念。
・映像の使い方などセンセーショナルになりすぎてはいないかという危惧。

こういった点について、私の見た範囲での事例を交えて説明させていただきました。

また、「自分がもし裁判員だったとしたら」という観点で、一緒に考えていただくために「被告人が刑務所に入った後の更生プログラム」や「刑事裁判の原理」「裁く立場の心構え」などといった点を「きちんとわからないまま判断しても良いのか」という問題提起もさせていただきました。

このような形で報告をさせていただいたのですが、みなさん、とても真剣な眼差しで話を聴いて下さいました。

そしてこのあと、質疑応答・意見交換をしたのですがそこでは様々な意見が出ました。

例えば争点の多い「裁判員の守秘義務」について、学生さんのアイデアとして「公文書もある一定期間が経過すれば開示される。それと同じように、裁判員の守秘義務を例えば『30年』とか設け、時限制度にしたらどうか?」といったものがありました。私もそれを聴いて「なるほど」と思うと共に、その柔軟な発想にとても驚かされました。

また、学生のみなさんは裁判員ネットが現在行っておりますインターンシップについても興味を持っていただきました。中には「インターンをやって得たもの何ですか?」など、なかなか鋭い質問も飛び出し、それに対して学生スタッフの稲田くんは「世の中の出来事をある一面だけで捉えて済ませるのでなく、もう一歩深く踏み込んで考える姿勢が身についたと思っています」と答えていました。

授業の終わりには、学生のみなさんにはコメント用のカードに質問事項やコメントを書いていただいたのですが、本当にたくさんのコメント、ご好評をいただきました。こうした若い世代の人たちが真剣に裁判員制度のあり方、社会のあり方を共に考え、意見を出し合っている姿にとても励まされるとともに、その発想の豊かさに驚かされました。むしろこちらの方が本当に勉強になりました。

裁判員ネットでは、今後も裁判員制度についてご報告し、皆さんと一緒にや議論をする機会を多くつくって行きたいと思っております。そしてこのような対話が、新しいアイデアやより良い制度の「種」が生まれるきっかけになればと願っております。

もし、ご興味を持たれた方がいらっしゃいましたら、お気軽にお声かけいただければ幸いです。

(裁判員ネットスタッフ・坂上暢幸)

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反響を頂いております(NHKで裁判員制度市民モニターが紹介されました)

2009年12月5日

裁判員ネットでは、市民の視点から裁判員裁判を検証するために「裁判員制度市民モニター」を実施しております。
これは実際に裁判員裁判を市民のみなさんに傍聴していただき、裁判員裁判の「わかりやすさ」や「判決の内容に納得できたかどうか」などを評価し、裁判のあり方を一緒に考えてもらうものです。

その裁判員ネットの取り組みが12月3日(木)、NHK夕方のニュース「首都圏ネットワーク」で紹介されました。

番組をご覧いただきました皆さまから、励ましの言葉、反響をいただいております。
中には「市民モニターに参加したい」とお申し出下さった方もいらっしゃり、この場を借りて改めて皆さまにお礼を申し上げます。
本当にありがとうございます。

まず番組では、裁判員ネットの市民モニター活動の様子が紹介されました。
メンバーが市民モニター募集の呼びかけをしている様子や、モニターに応募された方に集まっていただき、みなさんで裁判を傍聴しにいく様子なども紹介されました。

また、傍聴による調査に加えてモニターを経験された方に定期的に集まっていただき、傍聴した感想や意見を交換して制度の課題点をあぶり出す、意見交換会の様子も紹介されました。

そして番組では、市民モニターの集計結果から、法廷においては「検察側の説明の方がわかりやすく、弁護側の説明がわかりにくかった」といった声が多くあったこと。そしてそういう状況に対して、市民モニターの率直な意見として、「(裁判員となったら)わからないことをわからないまま判断して良いのだろうか」という不安の声がある、といったことが大きく取り上げられました。

この裁判員裁判市民モニターは全国各地で実施しております。そして、広く市民モニターに協力していただける方を募集しております。「裁判員になるかもしれない」市民の視点から裁判員裁判を検証するために、「生の声」を集めていきたいと考えております。

裁判員制度は始まったばかりです。この制度がどうなるかは、その「裁判員になるかもしれない」私たちの「声」次第とも言えます。そう考えた時、実際に裁判を傍聴したみなさんがどのように感じ、何を考えたのか、ということをひとつひとつ丁寧に積み重ねることはとても重要なことだと思っています。

お一人お一人の声が大きな変化として実を結ぶように、これからも地道に続けて参ります。

ご関心のある方は、市民モニターの案内をご覧いただければ幸いです。(⇒市民モニターの案内はこちらから
そして、もし「やってみようか」と思っていただけましたら、ぜひお気軽にお問い合わせください。
心より、お待ち申し上げております。

(裁判員ネットスタッフ・坂上暢幸)

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※写真は今回取材を受けた時の様子です。

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フォーラム「検証・裁判員制度の半年」を開催しました!

2009年11月30日

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裁判員制度市民モニター報告「検証・裁判員制度の半年」を昨夜(11月29日)、東京・渋谷で開催しました。

当日は、たくさんのみなさまにご来場いただきました。
本当にありがとうございました。

裁判員ネットでは裁判員裁判を市民の皆さんが傍聴し、評価し、考える、「裁判員制度市民モニター」を実施しています。
これまでに71件の裁判員裁判が全国で実施されていますが、このうち裁判員ネットへ寄せられたモニター結果は13件の裁判であり、33名の方がモニターとして裁判を傍聴しました。

このフォーラムでは、各地の市民モニターのみなさんから集まったデータをもとに、裁判員制度の検証を行いました。

今回のフォーラムの前半では、①みなさんから集まったデータの公表、②モニターの皆さんで実施した「模擬評議」の内容、③裁判を傍聴した上での感想や意見を交換する「ディスカッション活動」の内容などについての報告を致しました。

まず①データ公表においてはモニターのみなさんが裁判員裁判をどのように「評価」しているのか、ということについての報告になりました。たとえば、裁判の「わかりやすさ」をめぐる評価についてですが、検察側の「冒頭陳述」や「論告・求刑」などにおける主張の分かりやすさを問う質問については、ほとんどの人が「わかった」と回答しました。一方、弁護側の「冒頭陳述」や「最終弁論」など、その主張のわかりやすさを問う質問については、モニターからは「わかりやすかった」という意見もあれば「ややわからなかった」との回答も多くあり、バラつきがありました。

また「わかりやすさ」をめぐってはモニターからは「『わかりやすい』ことが本当に真実の追求になっているのか?」「画像や映像がセンセーショナルな使われ方をしていないか?」といった疑問や指摘の声がありました。

まず、こういったいくつかのデータを見ていただきました。

次に、「模擬評議」の報告においては、どういったポイントで議論がされたのか。また主張を変えた人は、どういうポイントで主張が変わったのか、といったことを示しました。
そして、「意見交換会」の内容報告では傍聴者からはどのような声が出てきたのかということについても、まとめた形でみなさんに報告しました。

フォーラムの後半は学生や社会人の傍聴経験者による裁判員制度についてのパネルディスカッションを行いました。
テーマは「市民感覚とは何か」で、それぞれ裁判員裁判を傍聴した経験がある上での、率直な感想、意見を出し合いました。

その中で、「裁判員をやりたいか、やりたくないか」という話になり、「実際にやってどんなものか経験してみたい。ぜひやりたい」という意見がある一方で、「やりたくない。精神鑑定など難しい証拠にもとづいて判断しなければならないこともある。知識が乏しい中で判断するのは、怖い」といった意見交換がなされました。

裁判員ネットでは、今後も裁判員制度市民モニターを継続していく予定です。
そして定期的にこのようなフォーラムを開催し、モニターから集まりました声を、この機会にみなさんにお伝えしていく予定です。

また、フォーラムの模様は、このホームページでも動画で配信する予定です。

ご興味がございましたら、そちらの方も是非ご覧下さい。

(裁判員ネットスタッフ・坂上暢幸)

※なお、このフォーラムの内容については、共同通信より以下の記事が配信されました。
http://www.47news.jp/CN/200911/CN2009112901000576.html

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裁判員制度のインタビュー動画配信

2009年11月24日

裁判員制度について3人の弁護士に対するインタビューがNPJから動画配信されています。
http://www.news-pj.net/npj/mv/index.html#anchor-20091122-2

宮村弁護士は、制度に賛成の立場からのコメントです。
宮村弁護士は、日本弁護士連合会の中でも制度の推進に際して重要な役割を果たしています。
なぜ裁判員制度が必要だと思うかをわかりやすく語ってくれます。
http://www.youtube.com/watch?v=kZz1-ITpo1o

これに対して、米倉弁護士は制度に反対の立場からのコメントです。
米倉弁護士は刑事弁護に携わる弁護士として制度に反対の意見表明をしています。
インタビューの中では裁判員制度の問題点が鋭く切り出されています。
http://www.youtube.com/watch?v=9cSgLN-FVx0&feature=channel

坂井弁護士は制度に期待をしながらも批判的にみるという立場です。
長銀事件では最裁で逆転無罪判決をとった経験等から重要な視点を提示してくれています。
http://www.youtube.com/watch?v=rpzgoMR_mAk&feature=channel

このインタビューは裁判員ネットではなく市民メディアのNPJの企画ですが、私は3人の弁護士の取材にすべて同行して直接お話を伺うことができ、大変勉強になりました。
制度開始から6か月余り。今、それぞれの立場の人の語る言葉に耳を傾けて制度の今後についてじっくりと考える時なのかもしれません。
関心のある方はぜひご覧ください。
http://www.news-pj.net/npj/mv/index.html#anchor-20091122-2

<裁判員ネット代表 大城聡(弁護士)>

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裁判員制度スタートから半年

2009年11月21日

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市民が刑事裁判に参加する裁判員制度がスタートして半年が経過しました。

昨日のコラムでも書きましたが、最高裁による裁判員経験された方へのアンケート結果を見ますと、概ね肯定的に裁判員としての経験を受け止めているようです。

しかし、今後もこうした状況が続くかは、まだかなり不透明といわざるを得ません。これも昨日のコラムで指摘しましたが、これまでの裁判員裁判は複雑なものは少なく、被告が罪を認めているような場合がほとんどでした。
これからは、被告が否認していたり、複雑な事情が絡んだケースや、死刑か否かを判断するようなケースも増える見込みですから、裁判員の心理的、時間的負担も増えることが予想されます。そういったことに対するケアの充実が望まれます。

また現在、裁判員ネットが実施している「裁判員制度市民モニター(⇒モニターについてはこちらをご覧下さい)」の結果を集計中ですが、傍聴者からの意見では、検察側の立証に比べ、弁護側の立証は「わかりにくい」との指摘があります。
検察側は人員も資源も動員して裁判に臨んできますので、映像などの説明資料が大変充実しています。一方、弁護側は組織力という点で検察に比べてどうしても力不足を感じさせる場面があり、それが法廷での「わかりにくさ」に繋がっているのではないかと考えます。そういったことも今後は改善されることが必要でしょう。

また、裁判員ネットではこれまでに行われた裁判員裁判の結果を集計しております。そして現在のところ、検察側の控訴はゼロとなっており、弁護側からの控訴のみになっています。これをどう受けとめて考えるべきか、今後の検討していかなければならない課題だと思っています。

こういったことも含め、来週29日(日)に予定しているフォーラム「検証・裁判員制度の半年」では、裁判員制度の実情をお伝えしていきたいと考えております。そしてみなさんと、裁判員制度のあり方、私たち市民の司法へのかかわり方について、意見が交換できればと願っております。
ご都合がよろしければ、ぜひお越し下さい。

 (裁判員ネットスタッフ:坂上暢幸)

 

■フォーラムのご案内

裁判員制度市民モニター結果報告 ~ 検証・裁判員制度の半年

日時:11月29日(日)19時00分~(開場:18時45分)
場所:代々木・国立オリンピック記念青少年総合センター「センター棟3階・304」

【アクセス】
◎住所:東京都渋谷区代々木神園町3番1号
◎最寄駅:「参宮橋」(小田急線)徒歩7分
⇒詳細地図はこちらから

【お申し込み】
※お申し込みは下記メールフォームより(締め切り:11月28日)
⇒メールフォームはこちらから

「フォーラム参加希望」と明記した上で、お名前、ご職業、電話番号、メールアドレスを記載の上、送信してください。
※メールフォームが起動しない場合は、下記アドレスに上記と同じ内容をお送りください。
※また、下記FAXにてもお受付しております。
◆メールアドレス:info@saibanin.net 
◆FAX番号:03-3255-8876

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裁判員経験者のアンケート結果から見えたこと

2009年11月20日

裁判員制度がスタートしてまもなく半年が経とうとしています。
先日最高裁判所は、8月から9月末までに判決が言い渡された、14件の裁判員裁判で、裁判員を経験した79人の方へのアンケート結果を公表しました。

それによりますと、裁判に参加した感想については、97.5%の方が参加を「非常によい経験」または「よい経験」と回答しているそうです。一方、裁判をやる前については56.9%の方が「やりたくなかった」と答えていることから、多くの方が参加したことを前向きに捉えている傾向にあるようです。

これについて、最高裁は「充実感を持って従事してもらっている」と分析しています。先日の報道でも、ここの部分が大きく取り上げられていました。

 しかし一方で、裁判官と一緒に判決を考える「評議」の場面では少し評価が異なるようです。この評議については、「十分議論できた」が78.5%に対し、7.6%の方が「議論が不十分」だと答えています。裁判員の方からは「時間が足りない」「最後の方がバタバタしていた」との声もあるそうです。

私自身も「模擬評議」を経験したことがありますが、確かに結論を出すのが難しい事件の場合、様々な証拠、いろんな見解や視点、考慮すべき事情というものが複雑にからみ、なかなか簡単に結論が出せない・・・ということがありました。そこから考えると、難しい事件であればあるほど「時間が足りない」「最後にバタバタする」という事態が発生するのは、容易に想像ができます。

これまでの裁判員裁判は被告人が概ね事実を認めているような、争う点の少ない裁判がメインであり、裁判所としては「判決の出しやすいものだった」という指摘もあります。

しかしこれからは、被告人が「自分はやっていない」と主張している事件(否認事件)や、刑の判断で「死刑かどうか」といったことを争うような事件、精神鑑定など難しい証拠をどう判断するのかといった事件が多くなるものと思われます。そう考えた時、果たして裁判の時間は十分と言えるのか、という問題はまだまだ残されていると言うべきでしょう。

さらに、NHKが行ったアンケート調査(44人に対して無記名)によりますと、裁判員を経験された71%の方が「心理的負担・ストレス」を感じたと回答しているそうです。

これも、実際に傍聴するとわかると思いますが、法廷には常にピンと張り詰めた緊張感が漂います。それはもちろん、「人を裁く」という極めて重い場面であるからこそ出てくる空気です。しかし、市民としては、法廷という「非日常的」で「特殊」な場所に置かれるわけですから、「心理的負担・ストレス」を感じるのは当然の事とも言えます。また、実際に被告人や被害者などを目の前にして、その人たちの運命を決めるわけですから、そのプレッシャーはなおのことです。

その状況下で、もし先に記した「難しい判断」を迫られるような事件だった場合、どうなるのでしょうか・・・。
心理的に負担を感じる中で、十分に議論ができないまま「有罪」や「死刑」という決断をしなくてはならない、ということになるのでしょうか?そこに「冤罪」や「誤判」のリスクはないのでしょうか?

そういう事態はあまり想像したくありませんが、自分が裁判員になった時にも起こりえる話だと思います。

年明け以降から、死刑か否かを迫るような難しい裁判が多くなる、とのことです。そう考えた時、「裁判員は充実感を持って従事してもらっている」と言えるのがどこまで続くかは、今後の裁判員制度のあり方や裁判運営のあり方にかかっているのだと思います。

(裁判員ネットスタッフ:坂上暢幸)

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