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司法通訳の現状を聞いて

2015年4月24日

裁判員ネットでは裁判員制度や司法の課題について、調査・研究活動をおこなっています。先日司法における「通訳」の現状について、「日本司法通訳士連合会」の天海浪漫理事長からお話を伺いました。以下はこのヒアリングに参加した裁判員ネットメンバーの感想・レポートです。ご興味がありましたら、ぜひご一読ください。

■「司法通訳の現状を聞いて」

司法通訳人の天海浪漫さんから司法通訳についてお話をしていただきました。おそらく多くの人が司法通訳人の存在を知らない、又は、知っていたとしてもその問題点について考えたことはないのではないでしょうか。私自身、司法通訳人の存在を知ったのは、今年の夏に裁判傍聴をした際に外国籍の被告人に通訳が就いているのを見たときでした。他の刑事司法に関連する問題に比べてあまり認知されていないかもしれませんが、私はこの勉強会を通して、司法通訳に関する議論は裁判制度そのものを考える上での非常に重要なテーマを含んでいるのではないかと思いました。

司法通訳は大きく法廷通訳、捜査通訳、弁護通訳の三つに分類されます。天海さんによると、法廷通訳人として登録されるには語学力については自己申告、他に簡単な面接、書類提出で足りるそうです。つまり、特別な資格はいらず、なろうと思えば誰でもなれてしまうのです。現状では、裁判という公平な審議が行われるべき場で通訳人が正しく通訳をしているかを保障・検証する十分な仕組みはないのです。そこで天海さんら日本通訳士連合会 は通訳技術を保障するため、「司法通訳士認定試験」を通過した者のみが司法通訳ができる仕組みをつくることを目指しています。現在、日本司法通訳士連合会ではあらゆる言語に対応した試験や研修を実施していますが、この仕組みは未だ公的なものにはなっていません。

通訳技術が客観的に担保されていない現行制度の下では誤訳がしばしば起きると言います。天海さんが実際の裁判で目にしたのは、日本語の「ストーカー」に当たる言葉が中国語にないために、ある通訳人が「尾行」にあたる中国語で訳したというものでした。けれども、尾行はストーカー行為の一部であり、正確な訳ではありません。仮に検察官が被告人に「あなたはストーカー行為をしたのか」と聞いても、被告人には「あなたは尾行をしたのか」としか受け止められず、審理に支障をきたしかねません。他にも全く意味の異なる通訳をしている場合もあるようですが、傍聴席で誤訳に気付いたとしてもそれを指摘したり、訂正したりすることはできません。日本の司法制度では、そのような場合に誤訳を審査・検証するシステムが整っていないのです。

お話を聞く中で最も驚いたのは、このような司法通訳に関する問題を裁判所が十分認識していないと思われる、ということです。私が問題だと感じたのは大きく二点で、第一は被告人の裁判を受ける権利の軽視という点です。お話によると、通訳人の誤訳等のミスにより意思疎通がうまくいっていない様子を見た裁判官らが「被告人は反省せずに事実を誤魔化している」と判断したケースがあったといいます。通訳人の誤訳等のミスが原因で被告人に不利な判断がされたのだとすれば、果たしてこれは公正な裁判と言えるのでしょうか。

第二に、社会的に脆弱さを抱えている者の権利保障という視点が抜けていることです。ここでいう脆弱さとは、有罪率99.9%という日本の司法システムの中で被告人という社会的に弱い立場であることに加えて、外国人の場合は日本の司法制度・社会通念を知らない(そもそも被告人の権利という概念を知らないかもしれない)という特有の性質を指します。つまり、通訳が必要な被告人は通常の被告人と比べてより一層自らの権利を訴えることが困難である可能性が高く、問題そのものが潜在化してしまう恐れがあると考えられます。そうさせないためにも、裁判所が問題意識をもってより手厚い配慮をする必要があるのではないでしょうか。

被告人の権利が保障されるためにも天海さんらが提案されているように司法の場における通訳の質を担保するための制度を確立していくことは必要不可欠だと思います。また、この問題は決して他人事ではありません。もし、自分自身が被告人になってしまった際に証人として出廷した被害者が通訳を必要としていたなら、どんな証言であれ正しく訳され、公正な審議がされることを望むでしょう。逆に自分が被害者になり、被告人に通訳が必要な場合にも、被告人が事件について何を知っていて、どう考えているのか、できる限り本人の考えに近い言葉で聞きたいでしょう。権利保障のためのみならず、真実を明らかにするためにもより正確な通訳がされる必要があると思います。

このように司法通訳の問題は、いかにして被告人の権利を保障し、公正な裁判を実現するか、という司法や権利に関する根本的な問いについて考えさせてくれるテーマだと思います。刑事司法改革が進められる中で司法通訳についてもより広く議論がなされ、改善がされることを願います。

(裁判員ネット・岡部知美)



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