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裁判員の守秘義務

1.守秘義務の対象となる事項

守秘義務が課される事項は「評議の秘密」と「その他の職務上知り得た秘密」に分けられます。

(1)評議の秘密

評議の秘密としては、評議がどのような過程を経て結論に至ったのかということや、評議において裁判官や裁判員が表明した意見の内容、評決の際の多数決の数等が挙げられます。

評議の過程についても評議の秘密に含まれますので、判決に至るまでに議論された内容であれば、判決の内容とならなかった事項であっても守秘義務の内容となります。

(2)その他の職務上知り得た秘密

その他の職務上知り得た秘密としては、事件関係者のプライバシーにかかる事項や裁判員の名前などが挙げられます。

2.守秘義務の対象とならない事項

最高裁判所のホームページによれば、公開の法廷で見聞きしたことや裁判員として裁判に参加した感想を話すことは守秘義務の対象外とされています。

公開の法廷で見聞きしたこととしては、事件の内容にわたらないものとして、裁判官の言動や印象、裁判所の施設や雰囲気が、事件に関するものとして、公開の法廷で行われた手続やそこで説明された内容、言い渡された判決の内容となっていることをその限度で述べることが挙げられます(「解説裁判員法〔第2版〕立法の経緯と課題」池田修著(弘文堂)93頁参照)。

もっとも、裁判員が、現在自分が関与している事件について、認定すべきであると考える事実又は量定すべきであると考える刑を述べること、裁判員であった者が、自分が関わった事件について、判決で示された事実の認定又は刑の量定の当否を述べることは法律上禁止されています。したがって、例えば、裁判員であった者の「自分は判決で認定された事実は存在しないと考えた」という意見は、最高裁判所がいう「裁判員として裁判に参加した感想」には含まれません。

3.守秘義務違反の効果
(1)裁判員の解任

現在裁判員である者が守秘義務に違反すると裁判員を解任されることがあります。

(2)罰則

ア.現在裁判員である者

「評議の秘密」や「その他の職務上知り得た秘密」を漏らしたときは、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。

イ.裁判員であった者

①その他の職務上知り得た秘密」、②「評議の秘密」のうち裁判官若しくは裁判員の意見又はその多少の数を漏らしたときは、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられます。

また,③「評議の秘密」のうち、②を除くものについては、財産上の利益その他の利益を得る目的で漏らしたときは、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に、かかる目的がなかったときは、50万円以下の罰金に処せられます。

若干分かりづらい構成となっていますが、①事件関係者のプライバシーや②評決の際の多数決の数を漏らした場合には、それだけで6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処せられ,③評議がどのような過程を経て結論に至ったのかということを漏らした場合には、何らかの利得目的があれば、6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に、何らの利得目的もなければ、50万円以下の罰金に処せられるということになります。

4.守秘義務を課す意義

では,なぜ刑罰を科してまで、裁判員に守秘義務を課さなければならないのでしょうか。この点について、最高裁判所や立法担当者は、以下のような説明をしています。

(1)自由な意見交換の場の確保

評議で述べた意見が後に公にされるとすれば、裁判員は、後に非難されることを恐れて率直に意見を言うことができなくなるおそれがあります。そのため、裁判員が自由に意見を述べることができるよう、裁判員に守秘義務を課す必要があるとされています。

(2)事件関係者のプライバシーの保護

事件記録には、被害者の情報等事件関係者のプライバシーに関する情報が記載されていることがあります。これらは、事件関係者にとって他人に知られたくない内容である可能性が高いため、むやみに公表されないよう、裁判員に守秘義務を課す必要があるとされています。

(3)裁判員自身の保護

裁判員が評議等において見聞きしたことや意見を自由に話すことができるとすれば、周囲からむやみに意見を求められるおそれがあります。また、それらを話すことによって、裁判員が非難や報復にあう危険もあります。したがって、裁判員に守秘義務を課すことは、裁判員自身の保護に繋がるとされています。

(4)裁判の公正や信頼の確保

例えば、裁判員が判決と異なった意見や判決に批判的な意見を述べた場合や裁判員が実際に評議で述べた意見とは異なった意見を述べたような場合には、下された判決に対する誤解が生じたり、裁判に対する信頼が損なわれたりするおそれがあります。そのため、裁判の公正や信頼を確保するために、裁判員に守秘義務を課す必要があるとされています。

5.問題点及び今後の課題
(1)裁判員に課された守秘義務に対する批判

ア.裁判員に課された守秘義務は、上記のように重要な意義を有していますが、他方で、裁判員に守秘義務を課すこと自体について、多方面からの批判が存在します。以下、その代表的なものを紹介します。

①裁判員に守秘義務を課すことは、憲法上保障された表現の自由を正当な理由なく侵害するものであり、違憲である。

②裁判員に一生守秘義務を負わせること、守秘義務に違反した場合の罰則に懲役刑が定められていることは、裁判員に課す義務としては重すぎる。

③評議において、裁判官から不適切な証拠の要約や不当な誘導がなされたとしても、裁判員がこれを公表することができないとすれば、事後的に是正することが困難である(評議は非公開なので、裁判員が指摘しなければ、その場で是正することもできない。)。

④裁判員制度は、裁判員法施行後3年を経過した時点で見直しをすることが予定されているが、裁判員が評議で行われたことを公にできないとすれば、裁判員制度の問題点を適切に把握できず、見直しが形だけのものとなりかねない。

イ.このような批判がありながらも守秘義務が課されているということは、これを課す意義が、これを課すことによる不利益を上回ると考えられているからでしょう。もっとも、現在の守秘義務の規定に対する批判は根強いものがありますので、今後も守秘義務を課すことの是非や罰則の内容等について、さらなる議論がなされることが望まれます。

(2)守秘義務の範囲及び守秘義務違反の取締基準の明確化

現行法には、上記以外にも、守秘義務の範囲及び守秘義務違反の取締基準が不明確であるという問題点が存在します。これらは、法改正という手段によらずとも是正が可能ですので、早急に是正されることが望まれます。以下、この問題について詳述します。

ア.問題点

そもそも、市民の行動を規制する規定は、市民の行動指針(どの行為が許されてどの行為が許されないのかを判断する基準)となるものですから、その規定は明確である必要があります。

裁判員に課される守秘義務も、裁判員に一定の発言を禁ずるもので、市民の行動を規制する規定ですから、その規定は明確である必要があります。その規定が明確でなければ、裁判員は、どこまで発言の発言が許されるのかが分からず、不用意に発言ができなくなり、ひいては身の安全のため、何も話さないでおこうと考えることになりかねません。

このような、裁判員に対する萎縮的効果を解消するため、守秘義務の範囲やこれに違反した際の取り締まり基準は明確にされる必要があります。

イ.守秘義務の範囲の明確化

既に述べたとおり、守秘義務は「評議の秘密」と「その他の職務上知り得た秘密」について課されます。

ここで、「評議の秘密」が何を指すのかについては、それなりに明らかにされていると言えますが、具体的な事例を挙げるなどして、より明確な形でその内容の説明がなされることが望まれます。他方、「その他の職務上知り得た秘密」は包括的な規定となっており、これが何を指すのか不明確だと言わざるを得ません。そこで、「その他の職務上知り得た秘密」についても、具体的事例を示すこと等によってその内容が明確化される必要があります。

ウ.守秘義務違反の取り締まり基準の明確化

守秘義務違反の行為について罰則を科す規定が設けられていますが、実際の運用としては、守秘義務違反の行為があったとしても、直ちに処罰されることはないのではないかと思われます。

しかし、守秘義務違反の取り締まりが緩やかにされればそれで良いのかというと、そうではありません。

取り締まりが緩やかにされるということは、守秘義務違反の行為であっても、取り締まられる行為と取り締まられない行為があるということです。この場合、取り締まりの基準は「悪質か否か」といった不明確なものとなりがちであり、そこには、取り締まる側の恣意が入る危険があります。

恣意的な取り締まりがなされないためにも、また萎縮的効果を解消するためにも、守秘義務を課すのであれば、取り締まられる行為と取り締まられない行為について明確にされる必要があります。

何人も、裁判員や裁判員候補者等の氏名、住所その他の個人を特定するに足りる情報(以下「特定情報」といいます。)を公表することはできません。

裁判員法は、裁判員や裁判員候補者等を保護するための措置としてこのような規定を設けていますが、裁判員の氏名が「その他の職務上知り得た秘密」として守秘義務の対象となっていることから、本規定は、守秘義務と関連する規定であると言うことができます。

1.規制内容
(1)裁判員、裁判員候補者の特定情報について

これらの者の特定情報については、本人の同意があったとしても、公にすることはできません。また、「何人も」公にすることができないと規定されていますので、裁判員、裁判員候補者本人であっても、自己の特定情報を公にすることはできません。

したがって、裁判員候補者は、裁判員候補者名簿に登録されたことや裁判員候補者として裁判所に呼び出されたことを公にすることはできません。また、裁判員は、裁判員でいる間、自分が裁判員に選ばれたことや裁判員として事件に関与していることを公表することはできません。

(2)裁判員、裁判員候補者であった者の特定情報について

これらの者の特定情報については、本人の同意があれば、公にすることができます。したがって、本人が自らの特定情報を公にすること、本人の同意を得てその特定情報を公にすることは認められます。

2.「公にする」の意味

このように、裁判員や裁判員候補者等の特定情報を「公にする」ことが禁止されていますが、どのような行為が「公にする」に当たるのでしょうか。

最高裁判所のホームページによれば、公にするとは、裁判員や裁判員候補者となったことを不特定多数の人が知ることができるような状態にすることをいうとされています。

具体的には、出版、放送といった手段による場合やインターネット上のホームページ等に掲載する場合がこれに当たるとされています。他方、日常生活の中で、家族や親しい人に話すこと、上司に裁判員等になったことを話して休暇を申請したり、同僚の理解を求めたりすることは問題ないとされています。

このように、出版、放送といった手段による場合は「公にする」ことに当たるとされていますが、公にしてはならない情報は、個人を特定するに足りる情報です。したがって、匿名でかつ顔を写さない等の方法で個人が特定されないよう配慮がなされれば、テレビや新聞、ラジオ、インターネット等で裁判員や裁判員候補者としてコメントすることも、直ちに、特定情報を「公にした」とは言えないと考えられます(もっとも、著名人で、声や話し方、仕草に特調がある人の場合は別です。)。

3.特定情報を公にした場合の効果

守秘義務違反の場合とは異なって、特定情報を公にした場合の罰則規定は存在しません。

もっとも、裁判員の名前や住所といった情報は「その他の職務上知り得た秘密」として守秘義務の対象となりますので、裁判員が、他の裁判員の氏名や住所を公表したような場合には、守秘義務違反があったとして裁判員を解任されたり、罰則が科されたりする可能性があります。

裁判員ネットは、裁判員となる市民の声を裁判員制度に反映させ、裁判員制度のあるべき姿を模索していくことを目的としています。そのため、私達にとって、皆様のご意見が何よりも大切です。

他方で、ご意見を下さる皆様にとっては、これまでにご説明してきた守秘義務との関係が、当然に懸念されるところだと思います。

そのため、裁判員ネットでは、「守秘義務検討チーム」を設け、私達の活動と守秘義務との関係について、今後も検討を行っていきます。そして、私達にご意見を寄せてくださったことで、皆様が守秘義務に抵触するようなことがないよう、活動を行っていくことをお約束いたします。

裁判員制度が今後より良い制度として発展していく為には、裁判員となる市民の皆さんの声を如何に反映していくかということが非常に重要です。そのため、是非、積極的にご意見をお寄せいただきたいと考えています。

(参照条文)

「裁判員の参加する刑事裁判に関する法律」

  • 第9条(裁判員の義務)
  • 第41条(請求による裁判員等の解任)
  • 第43条(職権による裁判員等の解任)
  • 第70条(評議の秘密)
  • 第101条(裁判員等を特定するに足りる情報の取扱い)
  • 第108条(裁判員等による秘密漏示罪)


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