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【シリーズ・海外の司法参加】第2部:フランス編(下)-運用状況と考察-

2010年8月8日

裁判員ネットでは、諸外国の市民の司法参加について調査する活動を行っています。日本の裁判員制度と、世界の国々の裁判制度を比較・検討しながら、 市民の司法参加について海外にも視野を広げることで、日本の裁判員制度についての議論をより深めることができるのではないでしょうか。この連載では、韓国、アメリカ、イギリス、オーストラリア、フランス、ドイツ、イタリアの7カ国を取り上げ、それぞれの国につき3回程度に分けて定期的に連載をしていく予定です。各国の事情を知ることで日本の裁判員制度を考えるうえで参考になることが数多くあると思います。どうぞ最後までご覧いただければ幸いです。

 

フランス編(下) 運用状況と考察

「シリーズ・海外の司法参加」。第2部ではフランスを取り上げています。前2回において参審制度が導入された背景から現在の制度の概要までを見てきました。日本とは異なる特徴を持った制度であることがご確認いただけたのではないでしょうか。フランス編の最終回である今回は、制度の運用状況をざっと眺めたうえで、これまで見てきたことを総括する考察を行いたいと思います。

1.運用状況

以下において日仏の制度の運用状況の比較を行っていますが、フランスのデータは、最新のものが入手できず、かなり古いデータ(2002年)を用いています。また、日本のデータは、調査時点において裁判員制度施行後の通年データが収集できなかったため、2008年のデータを用いています。ご了承いただければ幸いです。

(1)件数、内容
フランスでは2002年に2825件の判決が重罪院で言い渡され(*1)、そのうち17%は故殺(故意に他人を殺害する行為)、13%は凶器所持強盗、52%が強姦事件でした(図1参照)。
一方、日本では2008年において2208件の事件が裁判員制度の対象となるものでした(*2)。そのうち25%が殺人、31%が強盗致死、致傷、10%が現住物等放火の事件でした(図2参照)。
フランスにおいて強姦の比率が一際高いのが目を引きます。日本においても強姦致死、致傷事件は裁判員裁判の対象事件となるはずですが、大きな割合を占めていないのは国民性の違いによるものなのでしょうか。

年間利用件数    日本:2208件(平成20年裁判員制度対象件数)
                        フランス:2825件(全国・2002年)

            (図1)

20100806-11

            (図2)

20100806-22
 

(2)無罪・控訴等
フランスでは重罪院に提訴された事件のうち約7%が無罪になります(*3)。日本の刑事裁判の有罪率は99%以上と言われており、裁判員制度の導入によりこの数字がどのように変化するのか注目されています。
また、フランス重罪院では、2002年に裁判された事件の24%が控訴されています。一方、日本の2009年5月~11月の控訴率は16.9%にとどまっています(*4)。

(3)忌避制度
忌避制度については、理由なき忌避が大きな問題となっています。フランスでは日本以上に移民が多く、そのなかである特定の人種に対して忌避し続けることなどもあるそうです。また、高齢者や性犯罪における女性に対する忌避なども多発し問題となっています。
心理学者のディディエール・ヴェールらが参審員経験者を対象に行ったアンケート調査(2回行われており、1回目が1981年~1985年で150人に、2回目が1989年~1993年で236人の参審員経験者に行った)によると、1回目も2回目もともに忌避制度について不満を持った人が多数出てきたそうです。たしかに、自分には判断を下すことができないと思っている人や忌避制度についてよく理解している人には比較的受け入れられやすい傾向が見られたそうですが、忌避されるとは思っていなかった人や忌避制度をあまり理解していなかった人にとってはあまりよく思われなかったようです。

<注>
(*1) カティー・ボヴァレ、オリヴィエ・シロンディニ、大村浩子・大村敦志(翻訳) (2005)「ある日、あなたが陪審員になったら…-フランス重罪院のしくみ」信山社 90頁
(*2) 法務省編(2009)「平成21年度版 犯罪白書」
(*3) カティー・ボヴァレ、オリヴィエ・シロンディニ、大村浩子・大村敦志(翻訳) (2005) 90頁
(*4) 法務省編(2009)

 

2.考察

私たちがフランスの制度の中で特に気になったのは次の3点です。
(1)選任前のガイダンス
(2)明確な補償
(3)忌避制度
以下、順に考察を加えたいと思います。

(1)選任前のガイダンス
まず、日本との大きな違いであり、参考にすべき点としてはやはり選任前の参審員候補者に対するガイダンスが挙げられます。このガイダンスは、もともと1981年に司法大臣から重罪院の裁判官に対して発せられた通達(参審員候補者に対するガイダンスを充実し、参審員の質問にも十分な説明で対応すべきだという内容)に基づいて始められました。その通達では参審員候補者に対する拘置所・刑務所見学が有用であるとされていたことから、希望者に対して拘置所・刑務所見学を行うことが始まりました。この通達以前はそのようなものがなかったのが伺えますが、被告人を裁くにあたって、裁かれた後の成り行きをよく知らないで裁くより、実態をきちんと知って裁くほうがより真剣に考えられのではないでしょうか。フランスにおける拘置所・刑務所見学は、上記通達が発せられて以降それぞれの裁判所で独自に行なわれているのであり、特に法令化されているわけではありません。ということは、日本の裁判所においても今から裁判員候補者に対する充実したガイダンスを行うことができるはずではないでしょうか。市民と司法の歩み寄りをもっと進めていくには裁判所が行動で一役買うべきだと思います。

(2)明確な補償
企業に勤めている参審員候補者に対する明確な補償も日本にもない部分だと思います。たしかに歴史としてみれば司法の市民参加という点ではフランスのほうが桁違いに長いわけですが、上記のガイダンスや補償などは最近になって行われたものであり、決して日本の制度にも応用できないものではないと思います。

(3)忌避制度
フランスの制度の大きな問題点としてはやはり忌避制度が一番手に挙げられるのではないでしょうか。上記の運用状況(3)でみてきたとおり、理由なき忌避は市民の間に大きな不満の種を撒いています。まずは忌避制度に対する理解を市民の間に広げていくことが喫緊の課題でしょう。さらには、現状に対する市民の不満と忌避制度の有用性とを比較衡量しつつ、今後に向けて改善点を検討していくことも重要だと考えます。

 

3.あとがき

私たちは、フランスの参審制度を詳しく調べたことにより、日本の裁判員制度の長所・短所、フランスの参審制度の長所・短所を明確に知ることができました。それにより、日本の裁判員制度で挙げられている問題点を、諸国に導入されている制度を日本にも取り入れることにより、問題を解決できるのではないのかと感じました。特に私たちが導入したほうがいいと感じたのは、公判前に行われている刑務所見学です。刑務所を見学することにより、これから行われる裁判によって1人の人間がどのような未来を歩むのかを考えるきっかけになります。それにより、公平な裁判をしなければならないという使命感がつき、裁判も誤審の可能性が少なくなると思いました。他国の制度を知って得た知識を生かし、活動に役立てていきたいと思います。
また、日本の制度と比較しつつフランスの参審員制度を調べていきましたが、これはおもしろいと思ったものが多数あり、また反対に首を傾げるような制度もありました。日本にいながら他の国を調べるのは難しく、本格的にフランスを訪れ実際に見聞すればもっと核心に迫るものができたと思いますが、多数の図書、そして多数の仲間の助けもあり連載することができました。いずれはフランスに行って実際に裁判を傍聴し(その前にフランス語の勉強をする必要もありますが)、さらに自分たちの知識を深め、皆さんに提供していきたいと考えております。

(裁判員ネット:清水慶太、皆川友佳)

 

【参考文献】
・神谷説子・澤康臣(2009)「世界の裁判員-14ヶ国イラスト法廷ガイド」日本評論社
・カティー・ボヴァレ、オリヴィエ・シロンディニ、大村浩子・大村敦志(翻訳)(2005)「ある日、あなたが陪審員になったら…-フランス重罪院のしくみ」信山社
・法務省編(2009)「平成21年度版 犯罪白書」
・最高裁判所事務総局編(2000)「陪審・参審制度 フランス編」

【参考URL】
・「フランス司法権の特徴と重刑陪審裁判」中村義孝(閲覧日:2010年3月12日)
 http://www.ritsumei.ac.jp/acd/cg/law/lex/05-23/nakamura.pdf
・各国の陪審参審制度の比較(社団法人日本監査協会が実施)(閲覧日:2010年3月14日)
 http://www.iiajapan.com/system/forum/28_sanko2.pdf
・海外実情調査報告(閲覧日:2010年3月14日)
 http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/sonota/kaigai/pdfs/huransu.pdf
・フランスにおける参審制度(閲覧日:2010年3月26日)
http://www.lalettremensuelle.fr/spip.php?article3158

 フランス編(上)(中)はこちらから

 

⇒フランス編(上)-参審制度導入の背景

⇒フランス編(中)-フランス参審制度の概要



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