
布川事件を通して冤罪を考える-報告集会レポート
2010年2月19日
最近メディアでも多数登場していて冤罪という結論になりつつある足利事件。世間は冤罪という言葉に敏感になり始めた今日この頃。
昨年12月に特別抗告が棄却され再審がこれから始まり新たな冤罪事件として注目されつつある「布川事件」の最高裁決定報告集会が、2月13日(土)日本弁護士連合会が主催で東京弁護士会館で開かれた。
しかし「新たな」という言葉は再審の「元」請求人である杉山さんと桜井さんにとっては失礼なことなのかもしれない。事件そのものが起こったのは1967年のことであり、足利事件よりも古く、今から40年以上前の出来事である。1967年に別件逮捕されてから1996年に仮出所するまで、約29年間も刑務所で暮らしていたことになる。それも当時杉山さん21歳、桜井さん20歳と青春真っ盛りのときに刑務所暮らしを強いられたのである。
事件の概要は次のとおりである。1967年8月30日、茨城県利根町で一人暮らしの老人が殺害されているのが発見された。捜査機関は殺害推定時刻付近に二人の男が被害者宅の近くで二人の男を目撃したという証言は得られていたものの、犯人をしぼれずにいたが、結果的に杉山さんと桜井さんが犯人としてあげられたのである。
そして別件で逮捕され、警察の取り調べで自白し(または自白させられ)、その自白が「決定的な証拠」として1978年最高裁で両被告人(上告人)の請求が棄却され、無期懲役が確定した。だが、無罪を訴え続けた杉山さんと桜井さんは1983年に水戸地裁に再審請求を申し立てた。しかしながら1987年にその申し立てが棄却され、その後即時抗告、特別抗告を申し立てるものの1992年最高裁でも請求が棄却された。
それでも身に覚えのない罪を被らされていた杉山さんと桜井さんは、2001年に再度再審請求を申し立て、2005年水戸地裁で再審が決定され、検察官に抗告されるものの、2009年に特別抗告が最高裁で棄却された。ようやくこれから再審が始まるのである。
ちなみに、「元」請求人という言い方は集会時に自分の中で非常にインパクトに残った言葉である。その言葉の中に再審が認められたという喜びと無罪を訴え続けならざるを得なかった立場に立たされていた、杉山さんと桜井さんの悲しみが感じられた。「再審請求が認められたのは‘当たり前だ’。なぜなら私たちは何もやっていないから。」と「元」請求人たちは発言していた。
集会では基本的には年齢層が高めではあったが、自分と同じ学生や大学の教授、はては親子連れのかたも少数派ではあったが参加していた。多くの方はそれぞれに面識があり、集会が始まる直前まで活発に挨拶をしていた。席は200席以上あったが半分以上埋まっているように見えこの事件の関心の高さが感じられた。
集会の中では日弁連の副会長のあいさつから始まり、杉山さんと桜井さんのあいさつがあった。その後、事件の報告が布川事件の弁護団と研究者として國學院大学法学部教授の中川孝博教授により行われた。また、その報告に対する質疑応答が行われた後、足利事件、名張事件、袴田事件、日野町事件と冤罪事件として知られているの弁護団の意見・報告が行われた。集会はこのような流れであった。
集会自体は終始穏便に進んでいた。ときには研究者同士の激しい議論もあったが、誰一人として杉山さんと桜井さんの無罪を疑う人がいるようには思えなかった。そのような中で二つ印象に残ったことがある。一つは上記の「当たり前」という言葉。もう一つは中川教授が述べていた「再審におる得る利益と失われる利益」という話である。
まず、「当たり前」という言葉であるが、非常に重みを感じた。「当たり前」と世間の誰もが認めるのに、40年もかかってしまったのである。今まで生きてきた人生の3分の2を、身におぼえない罪、犯罪者というレッテルを貼られ続けられなければならなかった悲しみは想像を絶するものであろう。事件発覚当時の杉山さんと桜井さんの年齢と私の年齢がほぼ同じということから、感情移入せざるを得なかった。もし自分がこれから40年以上無罪を訴え続ければならないとなったら、その苦痛は計り知れない。仮に検察官や警察官に謝ってもらおうが、国から莫大な補償が出ようが「時間」は戻ってこないのである。しかしそれが「冤罪」なのである。
そして中川教授の話のなかでは、「再審における得る利益と失われる利益」という話に非常に関心を持った。「得る利益」とは証拠に関するもの。「失われる利益」とはその公判で費やされる時間ということである。「検察官は再度原判決での証拠調べ請求をしてくるかもしれない。調べる必要のないものまでもである。しかし、そんな無駄なことはする必要はない。40年以上もかかっているのだから一刻も早く無罪判決を出すべきであり、公判の迅速な手続の妨げるようなこてはやめるべきである」のようなことをはっきりと主張していた。まさにその通りである。杉山さんと桜井さんの気持ちに沿った発言であった。
冤罪事件ということ自体、あってはならないものである。罪のない者が裁かれてはならないという過去の反省があって、現在の司法制度があるはずである。「間違い」では許されない。人の一生がかかっているである。その冤罪が無くなるために、裁判員制度にも何らかの効果を期待したいものである。
ところで、私の大学の先生がこんなことを言っていたのを思い出した。「検察官は冤罪を認めようとしない。なぜなら大先輩たちのミスを認めることになるからだ。」と。もし仮にそのようなことが事実だとするならば、人は自分の過ちをなかなか認められない部分もある以上、そういうことは有り得る話だ。さらにそれが「先輩」のこととなると、なおのことである。だがその過ちを認めず、「人の人生を台無しにする恥」と、「恥と過ち」を認めて「人の人生を台無しことを回避すること」とはどちらのほうが大きな「恥」であろうか?その答えは言わずもがなであろう。
また、忘れてはならないことがある。冤罪事件というのは「事件」なのである。そこには「被害者」がいて、「加害者」がいるのである。布川事件も、誰か罪を犯した者がおり、その誰かによって殺害された被害者が存在するのである。このことは絶対に許してはならないことであり、解決しなければならないものである。冤罪を防ぐからといって捜査が必要以上に消極的になるということはあってはならない。しかし、かといって完全解決を掲げて「片っぱしから逮捕していく」ような積極的な捜査も許されてはならないのである。両者のバランスを保たなければならない。
冤罪は絶対にあってはならないものであり、同時に犯罪も絶対に許してはならないのだ。
(裁判員ネット・清水慶太)
参照:布川事件ホームページ
http://www.fureai.or.jp/~takuo/fukawajiken/index.htm







