
4年前のマイケル・ジャクソン裁判から学べること
2009年6月29日
6月26日、歌手マイケル・ジャクソン氏の死去が報道され、世界は驚きと悲しみに包まれました。
生前、「スリラー」や「バッド」、「ブラック・オア・ホワイト」をはじめとする数多くのヒット曲を編み出し、7億5000万枚のレコード売上を記録。史上最も成功したエンターテイナーとも呼ばれたマイケル・ジャクソン氏。まだ50歳の若さでした。しかし、その生涯は波乱に満ちていました。
中でも、記憶に残っているのは、2005年のマイケル・ジャクソン裁判。
2004年4月21日、マイケルは児童性的虐待の疑惑で起訴されます。
検察側は、児童誘拐、監禁、恐喝の陰謀、児童に対する猥褻行為、酒を飲ませたなどの10つの容疑を挙げました。しかし、それらの証拠は状況証拠だけであり、信憑性が薄かったといいます。これに対し、マイケル側の主張が証明される証拠が多く挙げられました。法廷において母親には感情的な行動が多く見られ、その反抗的な態度も問題となりました。裁判終盤、マイケルは病院通いが続き、背中の痛みをおしてパジャマ姿で出廷したこともあったといいます。もともと56キロであった体重が40キロまで落ちてしまったそうです。陪審員の意見は分かれていました。
2005年6月13日マイケルの無罪が確定。「有罪にするだけの十分な証拠と説得がなされなかった」ことにより、「疑わしきは罰せず」「推定無罪」が言い渡されたのだと言われています。文字通り、「not guilty(有罪ではない)」の原理に沿った判決でした。
一方、日本では、判決前にまるでマイケルがもはや有罪であるという憶測が広がっていたように思います。読売新聞は裁判中は「USの性犯罪情報公開の記事」と題しマイケルの写真を載せたこともあったそうです。日本は、この事件からは、児童生的虐待のゴシップしか生まず、「疑わしきは罰せず」、「not guilty」といった司法の大原則についての学びは得ていないように思います。(森下)







