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【シリーズ・海外の司法参加】第3部:ドイツ編(下)―ドイツ・参審制と日本・裁判員制度の比較

2010年9月16日

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裁判員ネットでは、諸外国の市民の司法参加について調査する活動を行っています。日本の裁判員制度と世界の国々の裁判制度を比較・検討しながら、 市民の司法参加について海外にも視野を広げることで、日本の裁判員制度についての議論をより深めることができるのではないでしょうか。
この連載では、韓国、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどを取り上げ、それぞれの国につき3回程度に分けて定期的に連載をしております。各国の事情を知ることで日本の裁判員制度を考えるうえで参考になることが数多くあると思います。どうぞ最後までご覧いただければ幸いです。

 

ドイツ編(下)―考察・ドイツの参審制と日本の裁判員制度の比較から

シリーズ・各国の司法参加。今回は第3部ドイツ編の最終回です。前回までに、参審員制度の導入の背景とその概観、そして近年の運用状況について見てまいりました。最終回の今回は、それを踏まえ上で改めてドイツの参審制度と日本の裁判員制度の特徴を比較して、そこから見える問題点を明示していきたいと思います。

1.市民の知恵を活かす-ドイツと日本の比較から

 ドイツでは、各分野の専門的な知識を持つ人がその分野の裁判に関わったり、労働問題などで争う当事者の仲介役を担ったりと、市民の司法への参加が実現されている点が特徴としてあげられます。それは単なる「市民感覚の反映」という漠然とした意味での「市民参加」ではなく、市民社会の中に存在する「知恵」を司法に「活かす」という発想が根底にあり、それにもとづいて参審制度が設計されているといえます。市民の中から、ある分野の専門的な知識を持つ人が、その分野の裁判に関わることは、より実際的な意義があるでしょう。例えば、ドイツの参審裁判は、少年事件も対象になりますが、この時の参審員は、教育に携わった経験のある市民が選ばれることがあります。つまりその経験をもとに、少年事件の裁判を審理する形がとられているのです。日本においても、このような市民の社会経験や知識を裁判の判決に活かすことができるという意味での「市民参加」を模索してみても良いと考えます。

 また、ドイツでは参審員になる選任手続きにおいても日本とは全く異なる方法をとっています。日本のように無作為に選ぶのではなく、新聞の広告で公募、もしくは参審員にふさわしいとされる人を政党や団体からの推薦で集め、その中から選出します。ドイツの参審員は、任期が5年と長いため、職務を全うする責任が求められています。またドイツ国民にとって参審員は「名誉ある職務」であるとの認識が定着しています。これに対して、日本では市民の裁判員への関心や参加意欲は決して高いとは言えません。また、企業や地域社会において、裁判員制度への理解がまだまだ得られていない現実があります。これは、「義務」として、裁判員制度を捉えている側面が強く、そもそもその制度の「意義」が理解されていない側面もあるでしょう。
ドイツと日本では制度の歴史の長さの違いはありますが、市民の理解や自分の意思で司法に参加する形態やそれを受け入れるような制度というのも、今後の日本の裁判員制度における選択肢のひとつとして考えてみてもよいのではないでしょうか?

 さらに言えば、ドイツでは上級審でも市民が裁判に参加します。しかし日本の裁判員制度では第一審のみで、控訴審には裁判員が関わることはできません。裁判員(市民)が出した判決への不服を裁判官が審理するわけですから、この点から考えると「では市民感覚とは何か?」「それを司法に入れる意義はどこにあるか?」ということが鋭く問われる課題が残っています。ドイツでは控訴審でも参審裁判をとっていることが「当然」であるのは、市民参加の意義が明確に位置づけられているからだと考えます。日本でもただ漠然とした「市民感覚の反映」という目的ではなく、「その裁判ごとに適した市民の知恵や経験を司法判断に活かす」という、より目的を明確化した制度形態を模索してもよいと思います。

2.ドイツの参審制の問題点から考える日本の裁判員制度

 上記でドイツの参審制と日本の裁判員制の比較から日本側が参考にしたい点をピックアップしましたが、逆にドイツの参審制の問題点をあげて、出発したての日本の裁判員制度が今後直面するかもしれない問題について考えてみたいと思います。

 ドイツの裁判の最大の特徴といえば裁判官の権威が強い事にあります。裁判は裁判官の「かじ取り」で進行すると言え、検察や弁護士はその補助役的な存在になっていることが多く、法廷での権限の強さには明白なものがあります。それは、裁判官と参審員の間にもあることで、例えば、参審員が証人に対して尋問を行うときには裁判官の許可を得てから質問せねばならず、しかも裁判官は判断でその質問を取り消すこともあります。 

 さらに注目したいのは、裁判官は裁判に先立って捜査資料などの書類に目を通すことができますが、参審員はできないという点です。つまり、裁判が始まった時点で裁判官と参審員の間に、事件に関する「情報格差」が生じているということです。これは、法廷で示された証拠のみから判断を下す「口頭主義」(それに対して書類を重視するのが「書面主義」と言います)を徹底した結果なのですが、評決において同じ1票を持つ裁判官と参審員の間にこのような情報格差があれば、判決を考える議論(評議)の過程で裁判官による参審員への「誘導」が強くはたらく可能性があるわけです。そういったことから、情報を多く持っている裁判官が審議での実質的な主導権を握ってしまい、参審員は裁判官の「お飾り」と化してしまうのではないか?という懸念は、ドイツ国内では叫ばれています。

 日本の裁判員制度もそれまでの「書面主義」をやめ、この「口頭主義」の徹底が意図されているわけです。しかし同時に、「公判前整理手続」(裁判官、検察官、弁護人が事前に裁判の争点や証拠の確認などを行う作業)が導入されました。この公判前整理手続には裁判員(市民)は参加することができないばかりか、「非公開」とされています。ですから、このような事前の「密室」で行われる準備を問題視する声はすでに日本国内でもあがっています。 「口頭主義」の徹底と情報の不平等の問題は今後裁判員制度の改善を考える上で、極めて重要なテーマとなると思います。

3.あとがき

 歴史あるドイツの参審制を調べて、さまざまな問題点について、長い間議論し、改正を繰り返して現在の制度が成立したことがわかりました。裁判員制度と参審制度は、市民と裁判官が事実認定、有罪・無罪の判断を合議する共通点から、今後日本が裁判員制度を行っていく中で、見本となると言えそうです。また、ドイツの参審員の選任方法も特徴的で、積極的な市民の参加が実現されており、その姿勢は今後の裁判員制度を考える上で参考にできると思います。

 ドイツの参審制は日本の裁判員制度と近いものがあると言えます。しかも、ドイツの参審制には日本の裁判員制度にはまだない思考錯誤の歴史があるわけです。良い点や課題点など、そこから学ぶべきことはたくさんあると言えるでしょう。

(裁判員ネット:服巻美香・田中浩太)

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【参考文献】
・東京三弁護士会陪審制委員会(1996)『フランスの陪審制とドイツの参審制―市民が参加する刑事裁判』
・最高裁判所事務総局刑事局監修(1999)『陪審・参審制度(ドイツ)』司法協会
・丸田隆(2004)『陪審員制度』平凡社
・紙谷説子・澤康臣(2009)『世界の裁判員~14カ国イラスト法廷ガイド~』日本評論社

【参考URL】
・各国の陪審・参審制度の比較(閲覧日2010年3月12日)
http://www.iiajapan.com/system/forum/28_sanko2.pdf
・独立行政法人労働政策研修・研究機構ホームページ(閲覧日2010年3月12日)
http://www.jil.go.jp/foreign/labor_system/2006_1/german_01.htm
・日本弁護士連合会「裁判員裁判HP―世界各国の市民参加制度」(閲覧日2010年3月15日)
http://www.nichibenren.or.jp/ja/citizen_judge/about/column1_ge.html
・最高裁判所ホームページ「司法スケッチ~歴史ある参審制~ドイツ」(閲覧日2010年3月15日)
http://www.courts.go.jp/about/sihonomado/pdf/68_sihouSketch.pdf
・首相官邸ホームページ「司法制度改革審議会 海外実状調査」(閲覧日2010年3月15日)
http://www.kantei.go.jp/jp/sihouseido/991118gijiroku5.html



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