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[広報]「市民からの提言~辞退率上昇と出席率低下を改善するために~」

2019年5月13日

市民からの提言

~辞退率上昇と出席率低下を改善するために~

裁判員制度が始まって10年を迎えようとしています。この間、9万人を超える市民が裁判員として刑事裁判に参加してきました。そこには刑事裁判と正面から向き合おうとする一人ひとりの市民の姿があり、司法への市民参加は着実に進んできました。最高裁のアンケートでは、裁判員経験者の95.6%が裁判員の経験を「よい経験と感じた」と答えています。しかし、この「よい経験」がどのようなものなのかは、次に裁判員になるかもしれない市民に伝わっていません。最高裁判所が制度開始時から継続して行っている意識調査では、「義務であっても参加したくない」という回答は、制度開始時の36.3%から41.7%に上昇しており、この10年間で市民の参加意欲は低下しています。

参加意欲の低迷は、裁判員の選任手続にも影響を与えていると考えられます。裁判員候補者の辞退率は、制度開始時の53.1%から上昇しており、2017年は66.0%と2018年は67.0%なっています。また、質問票等で事前には辞退が認められず、選任手続期日に出席を求められた裁判員候補者の出席率は、制度開始時の83.9%から低下しており、2017年は63.9%、2018年は67.5%となっています。制度開始時から比べると辞退率は約13%上昇し、出席率は約16%低下しています。

裁判員制度は、司法への市民参加によって「司法の国民的基盤」をより強固にすることを理念として始まった制度です。司法への市民参加という原点に戻り、参加意欲の低迷という状況を深刻に受け止める必要があります。また、市民の主体的な参加がなければ、「司法の国民的基盤」をより強固にするという理念を実現することはできません。これらは制度の在り方の根本に関わる問題と言わざるを得ません。

裁判員制度が本当に社会に根付くのか否か、今、その岐路に立っていると私たちは考えています。辞退率の上昇や出席率の低下という市民参加の根底に関わる問題に対して、ごまかすことなく正面から取り組んでいく必要があります。制度開始10年は裁判員法の見直しのタイミングとも重なります。市民の視点が制度の見直しに反映できるように、私たちは主体的に取り組んでいかなかなければなりません。

制度開始10年の節目にあたり、「市民からの提言」の最新版(2018年)から、辞退率の上昇と出席率の低下を改善するために重要だと考えられる提言を紹介します。

【辞退率の上昇と出席率の低下を改善するための提言】

裁判員候補者であることの公表禁止規定を見直すこと

守秘義務を緩和すること

裁判員の心のケアのために裁判員裁判を実施する各裁判所に臨床心理士等を配置すること

裁判員候補者を対象とした「裁判員事前ガイダンス」を実施すること

裁判員裁判の控訴審に「控訴審裁判員」の仕組みを導入すること

市民の視点で継続的に検証する仕組みをつくること

1 裁判員の経験共有を妨げる「2つの壁」をなくすこと

1なぜ裁判員の経験が共有されないのか

裁判員を経験した人の95%以上が「よい経験」と答えているのに、なぜ市民の参加意欲が低下し、裁判員候補者の辞退率が上昇し、出席率が低下しているのか。そこには、裁判員の経験を伝えることを阻む「2つの壁」があります。

1つ目の「壁」は、自分が裁判員候補者であることを公にしてはいけないという公表禁止規定(裁判員法101条)です。2つ目の「壁」は、裁判員経験者に課される守秘義務です(裁判員法9条)。

市民が主体的に裁判員として参加できる土壌をつくるためには、裁判員の貴重な経験を共有することが不可欠です。しかし、現在の制度では、裁判員候補者になった時点で1つ目の壁に直面します。裁判員候補者は「裁判員候補者であること」を自分でも公にすることができません。会社の上司や同僚、家族に話をすることは公にすることにはあたらず、問題ないとされます。しかし、裁判員候補者にとって、その線引きは容易ではありません。例えば、友人や取引先に対して話して良いかどうかわからず、結局、話すこと自体を躊躇してしまう人もいます。裁判員候補者になった時点で、市民は「共有」ではなく「公表禁止」から制度に関わることになります。この公表禁止規定は、本来は裁判員候補者を守るためのものですが、一方で公表禁止を命じられた市民は萎縮して、裁判員制度から遠ざかってしまうという深刻な弊害があります。

裁判が終わった後は裁判員経験者として、守秘義務が課されます。例えば、裁判員でしか経験できない裁判官との評議について話すことは守秘義務によって禁じられています。経験の共有を受けるべき立場にある裁判員候補者は自分が裁判員候補者であることを公表できず、経験を伝えるべき立場にある裁判員経験者には守秘義務があり、自由に話すことができないのです。この「2つの壁」があるために、裁判員の貴重な経験が十分に伝えられていないのです。

2) 裁判員候補者であることの公表禁止規定を見直すこと

裁判所から具体的な日時が指定された呼出状を受け取るまでは、裁判員候補者が実際に担当する事件は特定されません。また、裁判員候補者の数は、年間約20万人から30万人です。そのため、呼出状を受け取る前であれば、裁判員候補者になったことが分かっただけで、事件関係者から不当な働きかけをされる危険性は極めて低いと言えます。裁判員候補者を守るためには、呼出状の発送を受けたことを公にしてはいけないとすれば十分です。

公表禁止規定の弊害をなくし、かつ裁判員候補者の安全を守るために、裁判所から具体的な日時が指定された呼出状を受け取ったことを公表禁止に変更するように、公表禁止規定を見直すべきです(提言⑤)。

3守秘義務を緩和すること

現在、裁判員の役割の中心である評議全般について守秘義務があり、その経験を伝えることはできません。感想は述べられますが、守秘義務違反をおそれ、萎縮して話さない裁判員経験者が多くいます。守秘義務は、裁判員の自由な討論を保障し、事件関係者のプライバシーを守るための規定です。守秘義務を全てなくすのではなく、発言者が特定される内容とプライバシーに関する事項に守秘義務の範囲を限定するなど、経験を伝えられるように守秘義務を緩和することが必要です。

毎年、裁判員経験者が増えていくため、経験を伝えることを阻む「壁」がなくなれば、だんだんと市民の中に裁判員の経験が蓄積されていくことになります。そうすると次に裁判員になる人も安心して、主体的に参加できる環境が整ってきます。制度開始10年を迎える今だからこそ、次の10年を考えて、中長期的な視点から裁判員の経験が社会で共有できる環境を今からつくっていかなければならないと考えます(提言⑪)。

2 

1)裁判員経験者の8割が心理的負担を感じている

裁判員裁判の対象となる事件は、殺人罪、強盗致傷罪、傷害致死罪等の重大な刑事事件です。そのため裁判員の心理的負担が大きいことは容易に想像がつきます。「裁判員経験者ネットワーク」が行ったアンケートでは、約8割の裁判員経験者が心理的負担を感じたと回答しています。裁判員経験者が感じる心理的負担は、凄惨な証拠を見ることによって生じるものと、判決によって被告人や事件に関わった人の一生が変わることへの責任、家族にも話せない守秘義務などがあります。凄惨な証拠の取り扱いについては裁判所も対策をとっていますが、それだけで裁判員や裁判員経験者の心理的負担がなくなるわけではありません。

2)裁判員の心のケアのために裁判員裁判を実施する各裁判所に臨床心理士等を配置すること

重大な刑事事件を対象とする裁判員裁判に、市民が責任をもって参加するためには、裁判員及び裁判員経験者の心理的負担について十分に配慮し、もう一歩踏み込んだ体制をつくる必要があります。具体的には、裁判所と臨床心理士等の心理の専門家が連携を強めて、裁判員を務めている間も臨床心理士等に相談できる環境を整備すべきです。裁判員ネットでは、裁判員裁判を実施している全国60カ所の各裁判所に臨床心理士等の心理の専門家を配置し、裁判員が随時直接相談できるようにすることを提言しています。

また、利用率が極めて低い「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」については裁判所への臨床心理士等の配置と合わせて抜本的な見直しを行うことが必要です。特に裁判員経験者が、心理的にも物理的にも利用しやすくするために面接回数の制限をなくすること、相談に際しては守秘義務が解除されることを明示することが必要だと考えます。

裁判員として市民が参加した時に、心理的負担を受けることは避けられない側面があります。それは日常生活とは異なる刑事事件に接するからです。心理的負担が生じ得ることを正面から受け止め、必要な対策をしっかりと行うべきです(提言⑩)。

3裁判員候補者を対象とした「裁判員事前ガイダンス」を実施すること

裁判員裁判を実施している各裁判所は、裁判員候補者のうち希望する人に対して、①刑事裁判の理念や裁判の流れを丁寧に説明し、②法廷や刑務所を見学する機会をつくるために「裁判員事前ガイダンス」を実施すべきです。裁判員ネットは、裁判員候補者名簿掲載通知の中に、裁判員候補者のための「裁判員事前ガイダンス」の日程を示し、希望者を募る案内を入れることを提言しています。

事前ガイダンスによって「心の準備」をすることができれば、心理的負担の軽減にもつながります。裁判員候補者が適切な情報を知ることができれば、不安がなくなるとともに、裁判員になったときに審理に集中しやすい環境をつくることができます。

また、「裁判員事前ガイダンス」で裁判員の役割をよく知ることができれば、主体的に参加するきっかけとなり、辞退率の問題が改善することも期待できます(提言⑦)。

3 次の10年に向けて市民の司法参加をさらに進めること

1)裁判員裁判の控訴審に「控訴審裁判員」の仕組みを導入すること

日本の刑事裁判では三審制が採られており、1つの事件について、原則として3回まで審理を受けることができます。現在は、裁判員裁判は第一審のみで採用されているため、控訴審では職業裁判官だけで行われています。第一審で裁判員が加わってなされた事実認定や量刑判断を職業裁判官のみで覆すことができます。そのため、控訴審の審理を職業裁判官のみで行うことは、裁判員制度を導入した趣旨を没却してしまうおそれがあるのではないかという指摘がなされています。

この点については、控訴審は、あくまでも裁判員が参加してなされた第一審の判決を前提として、その内容に誤りがあるかどうかを、事後的にチェックするだけであると位置づければ、職業裁判官のみで控訴審を構成するとしても、裁判員制度を導入した趣旨に反しないと説明されています。

しかし、市民参加の意義を強調するのであれば、第一審の内容に誤りがあるかについても市民がチェックすべきですし、一審判決の尊重する傾向が行き過ぎると公正で慎重な審理を行い、誤りを防ぐための三審制が形骸化する恐れもあります。

裁判員制度開始から10年の間、市民の司法参加が実施されてきました。次の10年では、市民参加をさらにもう一歩進めて、控訴審においても市民が裁判員として参加する制度(控訴審裁判員制度)を設けるべきです。

事後的に判断を行うという点では控訴審と類似するため、検察審査会制度を参考に、控訴審裁判員は任期制とし、任期は6か月程度とすることを裁判員ネットでは提言しています(提言⑬)。

2)市民の視点で継続的に検証する仕組みをつくること

裁判員制度は、市民が司法に直接参加する制度です。裁判員制度の在り方について、法律の専門家だけではなく、司法の新しい「担い手」となった市民の声を反映させることが大切です。2018年の裁判員候補者名簿掲載のお知らせに同封された大谷直人最高裁判所長官のあいさつの中には「制度はなおスタート段階にあり、航海に例えれば、裁判員制度という船が、帆を上げて、今まさに大海原に乗り出したところだと思います」という言葉があります。まだ制度はスタート段階であり、固定されたものでも完成されたものでもありません。私たち一人ひとりが自分の問題として不断の検証を行うことが必要です。

裁判員制度は常に市民が関与しながら動き続けるものであり、市民による不断の検証が必要であることから、裁判員経験者を含めた市民による検証組織を設置し、3年ごとに制度の見直しを行うように裁判員法の附則で定めるべきです(提言⑭)。

以上

<参考>

一般社団法人裁判員ネット「市民からの提言2018

http://saibanin.net/updatearea/news/files/2018/05/teigen_20180513_1.pdf



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