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「当事者」として裁判員制度を考える――模擬裁判参加レポート

2014年4月5日

 2014年3月2日(日)、科学研究費新学術領域「法と人間科学」が主催する模擬裁判に裁判員役として参加しました。当日は冷たい雨の降る悪天候にも関わらず、大学生などの若い世代から中高年世代まで、およそ100名の幅広い年齢層の人々が裁判員役として参加していました。
 はじめに、裁判官役を務める弁護士と裁判員役を務める一般の人々とが一堂に会し、冒頭手続きから論告・弁論までを収めた模擬裁判ビデオを「傍聴」しました。その後、「裁判官」1名に対し6名の「裁判員」が割り振られ、別室に移ってそれぞれの裁判体ごとに「評議」を行いました。
 評議では、自己紹介をすることもなく、機械的に与えられた番号でお互いを呼び合わなければなりませんでした。また、雑談などをして緊張を和らげる間もなく、いきなり核心に触れる議論を始めなければなりませんでした。この時、「裁判官」と「裁判員」の間に流れる空気は、いかにもぎこちないものであったと思います。
 評議で額を集めているのは、互いにまったく知らない者同士です。そのため、自分以外の人々からどのような意見が出てくるのか、また自分の意見がどのように受け止められるのか、ほとんど想定することができません。そうした中で意見の対立が起こりうる複雑な事案について議論を交わさなければならないということは、想像していた以上に精神的な疲労を伴う経験でした。
 たとえば私は、量刑について裁判体で同意を形成しつつあった意見とは異なる意見を持っていました。「裁判官」に発言を求められ、自分の考えを口にする時には「重要でないこと、論点とずれたことを言っていると思われるのではないか」とか、「まとまりかけた議論を乱すのか、といった反感を買うのではないか」といった思いが頭の片隅にありました。実際に意見を述べたところ、それまで異なる主張をしていた方や「わからない」と言っていた方から賛意を得ることになりましたが、そうなってみると今度は「強く主張しすぎてしまっただろうか」、「自分の意見を押し付けてしまっただろうか」という不安が頭をよぎりました。模擬とはいえ「裁判員」の役割を担ってみて、評議においてそれまでの議論の中で焦点を当てられていなかった問題を指摘したり、他者と異なる意見を述べたりすることのハードルの高さを肌で感じました。
 今回の経験を通じて、裁判官と裁判員がチームとして一定の関係性を築いた上で議論に臨むことの重要性を強く感じるようになりました。実際の裁判員裁判の場合には、数日間、場合によっては数十日間に渡る法廷での審理を経た上で評議に臨むのであり、今回のように顔を合わせるなり議論を始めるわけではありません。とはいえ、裁判官と裁判員、また裁判員同士がほとんどお互いのことを知らない状態で困難な議論に取り組まなければならないということに変わりはなく、その中で充実した評議を行うためには、意識的にコミュニケーションをとりやすい雰囲気をつくっていく必要があると思います。
 多くの場合議論の進行役を担うであろう裁判官の側には、裁判員の緊張をほぐし、闊達な意見交換が可能となるような場をつくるよう努めること、また法的知識や情報の提供を適切に行うことなどが求められるでしょう。また、裁判員の側にも、自分なりの考えを持つことが求められると同時に、他者の意見に耳を傾け、それに対して応答する姿勢が求められると思います。裁判官に発言を促され、一人が何らかの意見を述べたとしても、そこに他の意見が積み重なっていかなければ議論が深まることはありません。同意するのであればその理由を述べる、疑問に思うことがあれば質問する、といった一人ひとりの積極的な姿勢が、話しやすい雰囲気をつくるとともに、議論の深まりをもたらすのではないかと思います。
 評議のかたちに唯一の正解はありません。だからこそ、淡々と現状を維持していくだけでなく、不断に見直しを行い、よりよい評議の在り方を模索していくことが必要です。そしてその際には、裁判員を務める一般の人々の視点も活かされるべきだと考えます。今年5月に裁判員制度は施行から丸5年の節目を迎えますが、制度の存在が定着する一方で、制度の運用を検証しようという機運は盛り上がりを欠くのが現状であると感じます。その原因は、現在運用や見直しの大部分を担っている専門家にだけではなく、潜在的な裁判員候補者でありながら、自分には関係のない遠い世界のものとして制度を受け止めている私たち一人ひとりの姿勢にもあるのではないでしょうか。今回の模擬裁判のように、まだ裁判員を務めていない人々が我が事として裁判員制度に関心を向けるきっかけをつくることは、こうした現状を変えていく上で非常に重要な試みであると思います。
(裁判員ネット・竹越遥)



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