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フォーラム「裁判員制度・市民からの提言2011春~検証、裁判員制度の2年」開催報告(1)

2011年6月17日

 裁判員ネットでは、裁判員制度開始から2年目の節目である5月21日(土)、東京都文京区のお茶の水女子大学にて、フォーラム「裁判員制度・市民からの提言2011春~検証、裁判員制度の2年」を開催しました。当日は一般からは約120名、関係者を含めますと約140名の皆さまにご来場いただきました。本当にありがとうございました。

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 裁判員ネットは裁判員裁判開始当初より「裁判員制度市民モニター」を行って参りました。このフォーラムでは、前半で各地の市民モニターのみなさんから集まったデータをもとに、裁判員制度の検証報告を行いました。また後半ではモニターの皆さんや裁判員経験者の皆さんから寄せられた声をもとに、裁判員制度の改善点などについて、市民の立場からの提言「裁判員制度市民からの提言2011春」を発表しました。さらにこれらをもとに、会場のみなさんとの意見交換・ディスカッションが行われました。
 

■過去2年間の全国の裁判員裁判

 まず前半はこれまでの裁判員裁判の実施状況について概観する調査報告と、モニターから集まった声をもとにした個別の裁判事例の報告を行いました。

・これまでの全国の裁判員裁判実施状況は
  2009年5月21日に裁判員制度がスタートしてから、丸2年が経過しましたが最高裁のまとめによれば、全国で2011年1月末までに1745人の被告に裁判員裁判で判決が言い渡されました。内訳は有罪が1740人、有罪・一部無罪が1人、無罪が4人。なおその後2011年2月に無罪判決が1件出されています。また10,074人が裁判員を経験し、3,602人が補充裁判員を経験しました 。
 裁判員の在任期間(職務従事日数)は平均4.2日で、6日以上は226件ありました(13.67%)。裁判員と裁判官が判決について議論しますがこれを評議と言います。この評議の時間は平均8時間19分で、10時間以上12時間以内のケースが175件(10.58%)あり、12時間を超えるケースも209件(11.73%)あり、全体の23.23%で10時間を超える評議を行っています 。
 更に、判決を言い渡された被告人の数は1745人ですが、553人(全体の31.69%)の裁判で控訴がされています。(数値は最高裁まとめのデータより。2011年1月末までの速報値です)

・裁判員裁判における新しい動き
 裁判員制度が開始されて2年が経った現在、制度スタート当初では見られなかった新しい動きも全国で見られるようになりました。制度開始当初の頃は比較的争いの少ない事案が多く扱われてきましたが、現在では裁判員に極めて難しい判断を迫る裁判が実施されるようになりました。具体的には被告人が犯人であることや犯罪事実を行ったことを否認するケース、検察側が死刑を求刑するケースなどです。裁判員による無罪判決は、2011年5月までの間に、裁判員裁判では5件の全面無罪判決と1件の一部無罪判決が言い渡されています。さらに裁判員裁判では、市民が重い判断を迫られる事件についても審理が行われるようになりましたが、これまで(2011年5月17日現在)、裁判員裁判では7件の死刑求刑が行われ、そのうち5件で死刑判決が言い渡されました。

以上のような形で全国の裁判員裁判を概観する調査報告を行いました。

■裁判員制度市民モニター実施状況

 次に裁判員ネットが実施している「裁判員制度市民モニター」の実施状況についても報告致しました。この裁判員制度市民モニターとは、裁判員裁判をモニタリングする(傍聴してアンケートに答える)ことによって、市民の声を集積・検証し、今後の裁判員制度の運用及び見直しに活かそうというものです。また、この企画を通して法律や制度に実際に触れることで、「裁判員になるかもしれない」市民に対し、司法についての知識と経験を得るきっかけを提供することを目的としています。私たちは、2009年8月に東京地裁で行われた全国初の裁判員裁判よりモニタリングを開始し、現在も随時行っています。
 この2年間で裁判員ネットへ寄せられたモニタリング結果は211件。33件の裁判を121名の市民が傍聴しました(1人の方が複数の裁判を傍聴しているため、このような数字になります)。また市民モニターによる「模擬評議」もこれまで10回実施し、計70名の方が参加しました。
 この模擬評議は、実際に傍聴した裁判について自分たちなりに議論し、評決を出す、というものです。法廷では、傍聴者も裁判員と同程度の情報を得ることができます。それをもとに議論をして判決を導くことで、参加者は擬似的に裁判員を体験することができるとともに、傍聴した市民がどのようなポイントで考え、議論をしたのかということから、非公開の評議の内容に迫ることができるのではないかとの考えから実施しています。

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■具体的事例から見る裁判員裁判―市民から見えた裁判員裁判の課題とは

・個別ケースから見る裁判員裁判
 次にこのフォーラムでは具体的な裁判員裁判の事例から、市民がとらえた課題点についての報告を行いました。
 今回の事例は、ある強盗殺人事件に関する裁判で、被告人は公判中は終始一言も発言せず、黙秘を貫く(完全黙秘)というもので、「犯行を目撃した目撃者による証言」や「指紋のついた凶器」のような直接的かつ決定的な証拠が乏しいまま裁判が開かれ、一方で検察は「死刑」を求刑するという裁判員にとっては大変難しい判断が迫られるケースでした。
 ここではその裁判の進行を、時系列に沿って「法廷で示された証拠」や「論告・弁論」など、裁判の手続きや流れごとに詳細に分析し、それについての報告を行いました。そして、市民モニターによる「模擬評議」の議論についても報告をしました。
 模擬評議では、まず「被告人が犯人かどうか」について議論をし、「被告人が被害者宅に侵入した」という事実認定をしましたが、殺害に関しては「証拠に疑問が残るのでは」「有罪とは言い切れない」という意見が多くあり、模擬評議での評決の結果は全員一致で「無罪」となりました。その一方で、実際の裁判の判決は「死刑」というもので、逆の結論になりました。

・同じ証拠を見て逆の結論に
 上記のように、模擬評議の結論が「無罪」、実際の判決が「死刑」という結果になったのですが、ここでは判決を批判するという意図ではなく、同じ証拠と証言をもとに判断したにもかかわらず、なぜこのような大きな違いが生じたのかということを、じっくりと捉えなおす必要があるとの考えから、検証作業を実施し、その詳細を会場の皆さんに報告致しました。
 実際の判決と模擬評議の判断とでは、有罪か無罪か、すなわち「被告人が犯行を行った」という事実があったのかなかったのか、という点についての「判断」が分かれたと言うことができます。このことは、実際の裁判体と市民モニターとでは、事実を示すとされる証拠の「評価」に大きな違いがあったということができ、実際の裁判体と市民モニターとでは異なる「事実認定」をした、ということを意味しています。
 そこで判断が分かれたポイントを具体的に明らかにし、改めてこの裁判を見つめ直すことで裁判員裁判の課題が見えてくるのではないかと考え、判決と模擬評議の議論を照らし合わせながら裁判を再検討していく「分析」を実施し、実際の判決の「論理構成」に従って、それぞれの事実認定についても再度検討し、その詳細を報告しました。その結果、市民モニターの判断と実際の判決とで判断が大きく分かれた点として、「防犯カメラに映る人物は被告人であるかどうか」などの点が挙げられ、それらの証拠に対する評価の分かれ道から、結論の大きな違いに行きついたということを報告しました。「決定的」とは言えない証拠の積み上げにもとづき判断をせざるを得なかったことから、結論が異なったとも言えます。

・課題点(1):事実認定の難しさ
 この事例から以下のような裁判員裁判の課題点が浮び上がりました。まず、今回私たちが痛感したことは「事実認定の難しさ」です。仮に事実認定が簡単だとすれば、「正しい事実認定」というものが存在し、意見が分かれることはないと言えます。しかし実際に事実認定をしてみると、判断の仕方によって意見や結論が分かれることがあります。つまりこれは真実は一つであるのに事実認定をすると意見が分かれる、という現状そのものが事実認定の難しさを表していると言えるでしょう。ですから今回は市民モニターと実際の裁判体では、それぞれ上記の結論になりましたが、場合によっては双方全く逆の結論になった可能性さえあったことも否定できません。
 この事実認定の難しさの要因として、判断基準の曖昧さが挙げられます。有罪認定に必要とされる立証の程度は「常識に照らして間違いないと判断できる程度」とされていますが、この判断基準をどう捉えるかで結論が分かれます。今回の裁判でも、判断基準の「程度」が実際の裁判体と市民モニターとで異なったことで、事実認定に違いが生じたと言えるでしょう。「常識」という抽象的、心象的なものを言葉で明確に説明することは極めて難しく、個人に判断基準が委ねられるわけです。そういったことから「事実認定は難しさを伴う」ということが言えます。
 さらに言えば、裁判員裁判の対象となるのは、今回のような重大な「刑事事件」です。そのため、事実認定の難しさは本質的に刑事裁判そのものが内包する問題と言え、裁判員裁判が刑事裁判の一部である以上、裁判員もこの難しさを引き受け、悩みながら判断しなければなりません。裁判員裁判が開始された当初は、争点の少ない裁判が多く「わかりやすくて、素人でも判断できる」と盛んに言われました。しかし、次第に今回のような証拠そのものを争う事件や被告が否認している事件など、難しい裁判が増えてきていると言えます。裁判員裁判では、専門用語を簡単な言葉で言い換えるなど、「わかりやすさ」が強調されていますが、しかし「わかりやすい説明」によって事実認定が簡単になるわけではありません。これからは裁判員は、事実認定は「そもそも難しいものだ」というある程度の心構えをもって臨む必要があると言えるでしょう。

・課題点(2):黙秘権の保障と市民の理解
 今回の裁判では被告人が終始一貫して黙秘権を行使しました。そもそも黙秘権とは、被告人が事件に関する一切の供述を拒むことができることを保障する権利で、法で規定されているものです(憲法38条第1項、刑事訴訟法311条第1項)。ですから黙秘権は被告人の権利であるため、黙秘したからといって、被告人にとって不利な事実があったと推認してはいけません。しかし実際に目の前で黙秘し続ける被告人を見てどう思ったのかを市民モニターに質問したところ、「黙秘権は権利として認めるべき」とする意見がある一方で、「黙秘しているのをマイナスに捉えていた」、「弁護人の説明を聞いて初めて黙秘権の意味について知った」といった率直な意見もあり、裁判員になるかもしれない市民の、司法に対する正しい理解が今後の課題だと言えます。

・課題点(3):無罪だと考えた裁判員が量刑判断に関わるという問題
 今回、市民モニターが行った模擬評議では全員一致で「無罪」となりました。実際の判決は「有罪」、量刑が「死刑」となりましたが、評議において意見が分かれ、多数決の結果、有罪となった可能性もあります。裁判員裁判では、量刑を決める際には、裁判官と裁判員の全員で決めることになっているため、無罪と考える裁判員がいた場合、その人も量刑判断に関わることになります。被告人をそもそも無罪だと考えている裁判員が有罪であることを前提として量刑を決める、そのこと自体に矛盾や抵抗を感じる人もいるのではないでしょうか。無罪だと考える裁判員に量刑の判断を強制するべきなのか、裁判員裁判における評決方法に関しても見直しが必要ではないかと考えます。
 勿論守秘義務があるため、裁判員経験者がこの問題を直接語ることはできません。ですから法廷を傍聴して模擬評議を行ったからこそ感じる市民モニターの意見が今後の制度を考える上で参考になるのではないかと言えます。

フォーラム「裁判員制度・市民からの提言2011春~検証、裁判員制度の2年」開催報告(2)へつづく

(裁判員ネット理事・坂上暢幸)



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